学校困難

「勉強が苦手。でも、何かがおかしい」
「学校がイヤ。でも、理由が見当たらない」
「ゲームがやめられない。これって依存?」

子どもの学校生活、家庭生活に悩んでいませんか?

勉強、友だち、家庭での生活。
どれもうまくいかない。
どうしていいのかわからない。

そんな追い詰められたお母さん、お父さんへ。
そして何より、困っている子どもたちのために。

私たちは、親を中心とした専属チームをつくり、子どもの幼少期から大人に至るまで、子どもを深く理解し、濃く関わり、必要な変化を起こし続けます。

目指すのは、子どもが穏やかに暮らせる毎日。お母さん、お父さんが安心して過ごせる日常。そんな何の変哲もない、贅沢な願いを叶えるために。今、その期待を、確かな形へとつなげていきます。

母子笑顔


宿題

学校困難とは、
勉強、友だち、学校での生活の中で、
どれか一つ、あるいは複数において、
うまくいかない状態が続き、何をしても変わらないと感じている状態
を指します。

これは、学校生活で起こるさまざまな困りごとを、一つの視点で捉えるために私たちが用いている言葉です。医学的な診断名ではありません。

学校困難と一言で言っても、状態はさまざまです。

・勉強が嫌いすぎる
・簡単な計算ができない
・漢字を覚えられない
・教室でじっとしていられない
・友だちとのトラブルが多い
・謝れない、振り返れない
・先生の指示がわからない
・学校に行きたがらない
・不満や不機嫌が多い
・不安が強く、母子分離が難しい

困りごとは、子どもの数だけあります。

板宿教室
(板宿教室の風景)

学校困難の背景には、さまざまな要因があります。

学校困難の背景

・不安
・発達の特性
・自信の低下
・学力のつまずき
・言葉の遅れ
・内面の育ちの遅れ
・学校退屈病、学校イライラ病(※これらも私たちの造語です) など

ただし、すべてに共通しているのは、
ことば・感情・かかわりの問題です。

これらが複雑に重なり、学校困難が生まれます。

言葉でうまく表現できない。
気持ちを相手に伝えられない。

それだけで、人との関係はすれ違い始めます。

言葉の問題は、会話だけにとどまりません。
先生の話がわからない。
予定が立てられない。
忘れ物が増える。

日常のあらゆる場面に影響が広がります。
しかも、その困りごとは外からは見えにくい。
だからこそ、子どもはひとりで抱え込み、疎外感を強めていきます。

感情の問題は、さらに切実です。

癇癪を起こしやすい。
すぐに機嫌が悪くなる。
一度崩れると戻れない。

本当は本人がいちばん困っているのに、
周囲からは「大変な子」として見られてしまう。

その積み重ねが、人間関係をさらに難しくしていきます。

やがて、学習のつまずきも重なり、学校への不信感や、居場所のなさにつながっていきます。

子どもが学校嫌いの「理由を話さない」のは、話さないのではなく、話せないのです。

事情と気持ちが複雑に絡み合い、自分でも言葉にできない。
だから、「なんとなく」としか言えない。

それが、大人には
「逃げている」「怠けている」ように見えてしまうのです。

本も読んだ。
勉強もした。
インターネットでも調べ尽くした。
それでも、変わらない。

知識を得るところまでは、できている人も多い。
専門用語も知っているし、心理士や医師の話も理解できる。

でも、それが落とし穴になっている。

知識は、使わなければ意味がない。
知っている、わかっているだけでは、現実は動かない。

得た知識をどう使うか。
頭の中にある情報を、どう行動に変えるか。

例えるなら、
英文法は勉強したのに、英語を話せない。
同じことが、支援の中でも起きています。


徒労感の正体は、
「これだけやっているのに」という感情。

頑張っているのに、変わらない。
時間をかけているのに、報われない。

原因は、努力の向きにある。
違う方向に時間をかけても、結果は変わらない。

現実を変える人は、
・子どもの意図を見る
・外の視点で見直す
・いらないものを捨てる
ことに、努力を使っている。

努力は、長時間でも、我慢でもない。
修正する痛みを引き受けること。

こちらの方が、きつい。
自分のやり方を変え続けるから。

もう一つ。

見返りを求める努力は、止まる。
変わるための努力は、進む。

頑張っているときこそ、
見るべきは量ではない。変化の大きさ。

子育てに、正解も間違いもない。
ただ、うまくいっていない現実があるなら、
努力の”向き”を変える。

①子どもに嫌われる勇気

子どもに嫌われることを、恐れていませんか。
本音でぶつかること。
自信のなさを見透かされること。
どこかで、避けていないでしょうか。

良い親でいる必要はありません。
子どもが求めているのは、
“正しさ”ではなく、“誠実さ”です。

嫌われたくない気持ちは、
関わりを過剰にします。

先回りしすぎる。
与えすぎる。
必要以上にコントロールする。

どれも、「子どものため」に見えて、
中心にあるのは、自分の不安です。

見るべきは、子どもです。
どうしたいのか。何を感じているのか。

嫌われる勇気とは、
開き直ることではありません。

親としての自信を持ち、
逃げずに向き合う。
子どもとの関わりを楽しむ。

本気で向き合っている限り、親子の絆は壊れない。
その覚悟が、子どもを変えていきます。

②自分のやり方を手放す勇気

子育てには、正解がありません。
だから、どんな関わりも「親流」になります。

自分がしてもらったこと。
してもらいたかったこと。
自分の感情や経験。

気づかないうちに、それが基準になります。
子どもを見ているつもりで、
自分の感覚で関わってしまう。

「子どものために」と思っていても、
中心にあるのは、自分の感覚です。

だから、必要なのは、
やり方にこだわらないこと。

うまくいかないなら、手放す。
合わないなら、やめる。
違うと思ったら、変える。

何度でも、やり直す。

それが、
やり方を手放すということです。

③子どもの将来を信じる勇気

子どもに、
「なぜ学校に行かなくちゃいけないの?」
「算数も理科も将来使わないじゃん」
と言われたら、どう答えますか。

将来の話をしますか。
正しさを説明しますか。

でも、それは響きません。
子どもは、まだ未来を実感できないからです。

そして実は、おとなも同じです。
10年後のキャリア、自己像、想像できますか?

人は「今の自分の感覚」でしか語れないのです。

・将来困るかもしれない
・学歴はあった方がいい
・子どもは勉強するべき

子どもに向けているつもりで、
自分の過去や感情を語っている。

その言葉の裏には、 親自身の経験や不安があります。
だから、伝わらない。

子どもの将来を信じられないのだとしたら、
それは、親自身が自分の未来を信じられていないということ。

まず向き合うべきは、自分自身です。
今、苦しさがあるのなら、 その心をそのままにしないこと。

親の状態が変わると、 子どもの未来の見え方も変わります。

信じるとは、 根拠を持つことではありません。

何かあっても、何とかする。
何かあっても、大丈夫。
助けてくれる人も、いる。

そう思えること。
その安心感が、子どもの将来を信じる力になります。

専門家の力を借りる-解決の糸口を見つける-

解決

解決の糸口を見つけるには、次の4つが必要となります。

① 教育・社会・言語・心理などの幅広い知識
② 多種多様な支援・指導の技術
③ 実際に関わってきた経験
④ ことば・感情・かかわりの中で起きている問題を見抜き、変えていく力

これらを合わせて、はじめて変化が生まれます。

だからこそ、
聞くだけ、寄り添うだけでは、変えることができないのです。